【インタビュー】ルーカス・グラボウスキ氏~歴史を通して未来を考える~

Łukasz Grabowski氏
ルーカス・グラボウスキ氏

1997年生まれ。ワルシャワ在住。
シベリア孤児Jan Jankowski氏のひ孫にあたる。
現在ワルシャワ工科大学で勉強する傍ら、叔父であるTadeusz Cytrynowicz(タデウシュ・チトリノヴィッチ)氏と共にシベリア孤児関連イベント等に積極的に参加。
日本へは企業でのインターンシップ参加学生として1度来日。福井県敦賀市を含むゆかりのある地を訪問。

吉田:本日はお時間をいただき、ありがとうございます。シベリア孤児のご子孫インタビュー企画第一弾としてお話を伺うことができ、とても嬉しいです。早速ですが、「シベリア孤児」として日本へ来日された曾祖父Jan Jankowski(ヤン・ヤンコフスキ)氏とルーカスさんのご関係を教えていただけますか。

ルーカス:ヤンは私の曾祖父にあたります。残念ながら、私は会ったことがありませんし、第2次世界大戦の際に31歳の若さで亡くなっているため、息子である私の祖父(当時1歳半)もヤンに関してごく限られた記憶しか残っていないと言っています。

吉田:時代に翻弄された人生であったのですね。息子であるお祖父様が1歳半の時にヤンさんはお亡くなりになられているとのことですが、日本にいたときの生活に関してなど、何かご家族に伝わっているお話はありますか?

ルーカス:残念ながら、直接曾祖父から伝わっている話はあまりありません。ですが、ヤンと一緒に日本に滞在していた孤児(ヤンのいとこ)の日記が、彼の手元に残っていました。そこには、子どもたちが日本の国歌を歌っていたとの記述があります。私の祖父母(シベリア孤児の息子世代)にとって、日本は正直とても遠い国でした。歴史的な事実から日本という国を知っている程度だったのでしょう。けれども、曾祖父が日本にいたということで、最近は以前より同国に対して親近感を感じているように思います。また、私自身、曾祖父が日本にいたという事実を知ったのも、実はほんの数年前です。たまたま日本でインターンシップに参加することが決まり、その際に叔父から伝えられたのです。

吉田:ルーカスさんが日本でのインターンシップをされたのは、日本とご家族との繋がりをご存じだったからだと思っていました!

ルーカス:実は違うんです。たまたま日本へ行くことが決まり、そのことを親戚に伝えた際、曾祖父が日本にいたとの事実を叔父から教えてもらったのです。曾祖父が日本で滞在した場所を訪ねてほしいと、叔父から頼まれました。それが全ての始まりでした。

吉田:偶然この事実を知ったのですね。どうして、叔父様はヤンさんが日本にいたことをご存じだったのでしょうか。

ルーカス:叔父の母Bronisława(ブロニスワヴァ)が叔父に伝えていました。彼女自身は当時幼すぎたため日本へ渡ることはありませんでしたが、幸運なことにその後ポーランドへ帰国することが出来ました。ヤンを含めた兄弟3人が日本に渡航したということを、息子である叔父に伝えていたのです。

吉田:ご家族が日本にいたという史実を発見した際、どのように感じましたか?ポーランドの方がそのような事実を知った際、どのような感情を抱くのか気になっています。

ルーカス:他のご家族のことは分かりませんが、私にとって自身の家族の歴史、特に1900年代初めの歴史は苦難に満ちたものでした。その一方で、時代背景を鑑みれば、これは平凡なことであるとも思っていました。ですから、このような記憶するに値する大切な事実があったということは驚きでした。もちろん、幸せな事ばかりではありませんでしたから、嬉しかったとは言い難いです。しかし、この事実が忘れ去られずに掘り起こされたということはとても幸運であったと感じています。事実を知った身として責任感を感じていますし、つながりを未来へ活かしていきたいと感じています。

吉田:責任感を感じているとおっしゃいましたが、私たちとしても全く同じ思いです。私にはシベリア孤児の方々と直接の血の繋がりはないですが、歴史を知っている者として、このつながりを将来の社会に活かしていく責任があると感じています。シベリア孤児の子孫として、これからの社会の為に担っていきたい役割、希望等はお持ちですか?

ルーカス:私と同じように考えてくださっていることを知りとても嬉しいです。私にとって100年前の史実を記憶することも大変大切ですが、それと同時にこの歴史ををスタート地点とし、両国の将来にポジティブな影響をもたらすことがとても大事であると考えています。些細なことしか出来なかったとしても、歴史を知ることでより多くの人が日本に興味をもち、両国関係を近づけるきっかけになればと思っています。私自身、少しでもこういった活動に寄与できればと思い、日本語を習い始めました。

吉田:歴史を風化させず、日本とポーランドの友好関係を深めるきっかけの1つとしてより多くの方に知っていただくことが大切な一歩ですね。ポーランドで、シベリア孤児の他の子孫の方々、もしくは関係者の方と連絡を取ったり定期的に会ったりする機会はありますか?

ルーカス:私が現在連絡先を交換し交流があるのは、曾祖父ヤンのいとこであり、同じく日本に滞在したCzesław Jankowski(チェスワフ・ヤンコフスキ)氏の継娘さんを含む数人です。しかし、定期的にお会いする機会は残念ながらありません。一方、この史実を通じて出会った日本人の方々とは今でも連絡を取り合っており、とても幸運なことであると思っています。

吉田:現在判明しているシベリア孤児の子孫の中で、私たちと同世代(20代)の方は、残念ながら多くありません。けれども1人でも多くの子孫の方を集めようと様々な取り組みを行っており、何名かのひ孫世代が集まった際に、過去の極東青年会のような集まりを企画するのはどうでしょうか?

ルーカス:シベリア孤児として日本にいたポーランド人の子孫がそれぞれどのような人生を歩んでいるのかを共有し、つながりを持つことが出来る機会があれば素晴らしいと思います。過去にシベリア孤児として日本に滞在し、ポーランドに帰国した方々によって発刊されていた雑誌「極東の叫び」(ECHO Dalekiego Wschodu)発行のような取り組みが出来れば、歴史を未来に活かす活動の素晴らしい起点となると思います。同誌は日本から帰国したシベリア孤児たちを1つにまとめる共通の活動としての機能を果たしていたと思います。そのようなものがあればとても嬉しく思いますね。

吉田:素敵ですね。最近でも何名か、日本にいたシベリア孤児のご家族が、我々のところに名乗りをあげてくださいました。そのような方のご家族等で協力をいただける方がいらっしゃれば嬉しい限りです。

ルーカス:そうですね。子孫の方々はかなり沢山いらっしゃるとのことですから、見つかればいいですね。

吉田:シベリア孤児の歴史そのものに関して質問させてください。ポーランド人の方々は、シベリア孤児の歴史に関して一般的にどの程度ご存じなのでしょうか。歴史が広く知られているとの報道も見かけますが、ルーカスさんの肌感としてはいかがでしょうか?

ルーカス:残念ながら、この歴史に関して知っているポーランド人は多くないと思います。私の周りでは、私が話すのでほとんどの人が知っていますが、一般に広く知られているとは言い難いのが現実です。去年の日本ポーランド国交樹立100周年によって、都市部では最近このトピックに関して目にする機会があったように思います。また、毎年行われているワルシャワ日本祭りは、こういった日本関係の話をするのにはうってつけの場所ではないでしょうか。

吉田:日本祭りは、ポーランドにおける日本関係の大きなイベントですね。ポーランドの方にシベリア孤児の歴史についてどのようにして知っていただくかというトピックに移りますが、どのようなツールが現実的で効果的だと思いますか?教科書に掲載されるというのは素晴らしいですが、掲載までのハードルも高いですよね。

ルーカス:教科書への掲載はかなり大変なプロセスになるでしょう。学校への訪問、レクチャーの開催というのはどうでしょうか。私の学校でも歴史の先生が特別講師を招き、通常授業の時間に講演のようなものが開催されていました。子どもたち、若い世代に直接話を出来る機会を得ることはとても良いのではないでしょうか。

吉田:学校に伺うというのはとてもいいアイディアですね。シベリア孤児のご家族にご協力いただき、子孫の方による講演会等を行うことが出来ればとても貴重で価値のあるものになりますね。

ルーカス:そう思います。子孫が直接話をする機会があれば、とても素敵だと思います。

吉田:最後の質問です。ルーカスさんにとって、日本の子どもたちに伝えたいポーランドに関すること、歴史などはありますか?ポーランドでシベリア孤児に関する事実を伝えることに焦点をあてて話してきましたが、日本でも活動が行われるべきですよね。

ルーカス:難しい質問ですね。沢山のことを話してしまいそうですが、まずはポーランドに関する基本情報を日本で広めていく必要があると思っています。日本人にとって、ヨーロッパの各国を正しく認識するのは難しく、多くの人がポーランドとその周辺国を混同していると、日本で気付いたからです。多くのポーランド人にとってもアジア各国を正しく認識することは難しいので、無理もありません。
 また、日本の子どもたちにシベリア孤児の歴史を伝えていくことも大切だと思います。日本がとても素晴らしいことをしたという歴史を知ることは、日本の子どもたちが自国への理解を深めるうえで重要なことではないでしょうか。

吉田:私自身が日々ポーランドという国に常に触れているので、基本的なことを忘れてしまいがちですが、まずはポーランドという国を知ってもらい、かつ日本の歴史にも親しんでもらうことが1番大切な原点ですね。

改めてまして、本日はお時間をいただきありがとうございました。

(インタビュー日:2020年10月25日)

インタビューを読んだ日本人とポーランド人の若者の感想を、
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