ヴェイヘロヴォ郡特別教育・訓練センター

ウラジオストクから日本に救出されたシベリア孤児の道のりを辿るシリーズ。
第五弾では、帰国したポーランド人の子どもたちが過ごしたポーランド北部の都市、
ヴェイへロヴォ(Wejherowo)をご紹介します。

ポーランド北部、グダンスクから車で走ること約1時間の距離にある工業都市ヴェイへロヴォ。

バルト海からほど近い同地は、夏になるとバケーション客が民泊等・エコツーリズム等を利用して訪れる事でも知られ、
近郊には草原の広がるのどかな風景を目にすることが出来ます。

1923年:子どもたちの到着と教育施設の設立

シベリアから日本へ第1便および第2便で到着した子どもたちは、ヴェルコポルスカ県のカリタス孤児院に滞在していました。一方、第3便の子どもたちはアンナ・ビエルキェヴィチによりグダンスクに到着した後、ヴェイヘロヴォに送られました。

ヴェイヘロヴォでは、シベリア孤児のための特別な施設「シベリアの子どもたちの教育施設」が設立されました。この施設は1923年から1928年まで、現在のヤナ・ソビエスキ通り279番地にある旧精神科病院の建物群で運営されていました。現在この建物群は「ヴェイヘロヴォ郡特別教育・訓練センター(Powiatowy Zespół Kształcenia Specjalnego)」として利用されています。

教育施設の開所式

1923年4月30日、施設の開所式は全国的な行事として開催されました。式典には当時のポーランド共和国大統領スタニスワフ・ヴォイチェホフスキ、ポーランド枢機卿エドムント・ダルボル、財務大臣ヴワディスワフ・グラブスキが出席しました。その後、労働・社会福祉大臣グスタフ・シモンやポモージェ県知事ユゼフ・ヴィビツキ博士も施設を訪れています。

学校内の展示

教育活動と課外活動

施設の子どもたちは、通常の授業に加えてスカウト活動にも参加していました。「シベリア隊(Hufiec Syberyjski)」は海洋教育の理念とも関連しており、教育施設内にタデウシュ・コシチューシコにちなんだ男女共学のスカウト隊を設立したユゼフ・ヤクブキェヴィチが、隊長を務めました。キャンプやヘル半島でのセーリング活動も行われました。

教育施設の終了とその後の歴史

ヴェイヘロヴォの「シベリアの子どもたちの教育施設」は1928年まで運営されました。その後、一部の子どもたちはワルシャワに移送され、独立した子どもたちはポモージェ地方やカシューブ地方に残りました。

現在のセンターの始まりは1933年にさかのぼります。当時、知能・精神発達に遅れがあるとされた若者たちがホイニチェからヴェイヘロヴォに移され、フェリクス・ニクレフスキ神父を指導者に「国家ポモージェ社会福祉複合施設」が設立されました。当時、複合施設には聴覚障害者の学校、小学校、寄宿施設付きの職業学校が含まれていました。

第二次世界大戦終了後の1945年、施設は活動を再開しました。1949年には教育省の管理下に入り「国立教育施設」と改称され、1950年9月1日には基礎職業学校が開校しました。1957年には最初の職業資格試験が行われ、全員が合格しました。

同年、国立教育施設は以下の2つのセンターに分割されました:

  • 知的障害者のための教育・養護センター第1
  • 聴覚障害者のための教育・養護センター第2

その後、教育・職業インフラの整備が進み、作業場や温室、スポーツ施設が建設されました。1970年には「生活技能クラス」が設置され、後に教育・療育チームへと発展しました。

1975年にはリシャルド・ヤクベクがセンターのディレクターに就任。同氏の在任中、多くの投資が行われ、新しい体育館や女子寄宿舎が建設されました。1985年10月19日には、センターはヤヌシュ・コルチャク先生の名を冠することとなり、追加の教育施設も開設されました。

1993年から2013年まで、ヘレナ・オストロフスカ氏がディレクターを務め、センターは大きく発展しました。現在、ヴェイヘロヴォ郡特別教育・訓練センターはポーランドでも最大規模の施設のひとつであり、知的障害者の教育と支援を主な活動としています。現ディレクターはマウゴジャタ・ヴォジニアク氏です。

2019年11月の講演会の様子(実際の子どもたちが過ごした敷地内にて)

記憶と現代の訪問

現在のヴェイヘロヴォ郡特別教育・訓練センターの敷地内には、シベリアの子どもたちの歴史を伝える資料が保存されており、記念碑や古写真が展示されています。この歴史は、日本からの訪問者による来訪記録にも反映されています。

センターでは他国からの公式訪問も頻繁に行われています。

  • 2020年2月:ポーランド共和国大統領夫人アガタ・コウンハウゼル=ドゥダが訪問
  • 2022年9月15日:駐ポーランド日本大使、宮島昭夫氏が訪問
  • その他、福井県敦賀市の人道の港ムゼウム元館長・西川明徳氏やスタニスワフ・フィリペク教授、敦賀市の学校団体なども訪問

遠い日本から母国に帰国し、それぞれ次の地へと移る前に時を過ごしたヴェイへロヴォ。

学校内に展示されている写真には、日本から帰国直後の着物を来ている子どもたちも写っています。

普段観光等ではなかなか訪れることのない土地ですが、
街中をゆったり散策することで、
ポーランドをより近く肌で感じることの出来る場所ではないでしょうか。

ぜひ機会を作って一度訪れてみてください!

参考文献

  1. Powiatowy Zespół Kształcenia Specjalnego w Wejherowie, Historia placówki,
    https://www.sosw-wejherowo.pl/historia/
  2. Powiatowy Zespół Kształcenia Specjalnego w Wejherowie, Dyrekcja,
    https://www.sosw-wejherowo.pl/dyrekcja/
  3. Puls Wejherowa, Ocalone dzieci syberyjskie, 23 listopada 2013,
    https://www.pulswejherowa.pl/3080/ocalone-dzieci-syberyjskie/
  4. Nasze Miasto Wejherowo, Z Syberii przez Kraj Kwitnącej Wiśni do Wejherowa – historia dzieci syberyjskich,

https://wejherowo.naszemiasto.pl/z-syberii-przez-kraj-kwitnacej-wisni-do-wejherowa-historia/ar/c1-8557113

  1. GWE24, Wizyta młodzieży z Japonii w Wejherowie,

https://gwe24.pl/pl/19_wiadomosci-z-regionu/642_wejherowo/35406_wizyta-mlodziezy-z-japonii-w-wejherowie.html

  1. Wikipedia, Polski Komitet Ratunkowy Dzieci Dalekiego Wschodu,
    https://pl.wikipedia.org/wiki/Polski_Komitet_Ratunkowy_Dzieci_Dalekiego_Wschodu
  2. Instytut Pamięci Narodowej – Przystanek Historia,
    Zakład Wychowawczy dla polskich chłopców w Wejherowie w latach 1939–1945,

https://przystanekhistoria.pl/pa2/tematy/mlodziez/75802,Zaklad-Wychowawczy-dla-polskich-chlopcow-w-Wejherowie-w-latach-1939-1945.html

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